★説明動画★

私は大学で「メディアリテラシー」という教科を担当していて、その中で諸々の「権利」についての説明をしています。ただしその中で「似顔絵の肖像権」についてだけはスルーしています。理由は、あまりにもグレーの部分が多すぎて、信憑性のある結論を導き出せず、聞いてるほうは混乱するだけではないかと想像したからです。納得のいく説明をするからには、そのためのコマ数をきちんと確保しないと無理っぽいかな?と思っています。

そもそも対象が似顔絵という「絵」であり、絵には「モナリザ」から「へのへのもへじ」まで含まれるということになります。また、似てない(誰だか分からない)似顔絵は肖像権侵害になりようもないわけですが、似てる似てないの判断は大きな個人差があり、その基準も設定できません。

さらに肖像権侵害は、告訴がなければ公訴を提起することができない「親告罪」であるということです。逆に言うと、似てようが似てまいが、その作品が「けしからん!」と言った人がいれば成り立ってしまいます。それが「モナリザ」であっても「へのへのもへじ」であっても。

では一般的にどこまで大丈夫?かと言えば、
①営利目的で制作したものではない
②モデルの名前を表記しない
③モデルが政治家などの公人
主にこの3つとされているようです。ただしこの3つを遵守しても、いかんせん肖像権侵害は「親告罪」なので絶対に安心ということは言えません。

②については、似顔絵が明らかに誰であるかということが分かれば、名前を表記しようがしまいがあまり関係ないように思います。例えば赤い帽子にA、背番号17であれば大谷翔平と分かるわけです。直接名前を書かないのは見る人に「だ〜れだ?」とサジェッションするゲーム的要素のほうが強いようにも思えます。

③政治家や役人などの公務員は我々の税金で生活しているので、パブリシティ権が弱く、納税者である我々一般人がその肖像を自由に使えるという考え方です。しかし公務員でも学校の先生や市役所の職員であれば、有名人ではないのでパブリシティー兼よりもプライバシー件のほうが優先するので本人の承諾なしに似顔絵を公開することはできないかと思います。それでは選挙で選ばれたわけではない副知事や教育長、また引退した元政治家、選挙活動中の候補者などはどうなるのか?というのは実際に訴訟が起こってその判例が出ないと全く分からないと思います。また「公人」という定義も実に曖昧で「公務員」「有名企業の経営者も含む」「芸能人も含めた有名人全般」など、いろいろな解釈があるようです。

いかにグレーゾーンが広いか!ということが分かりますよね。

では私の作品での事例を紹介します(いずれも非営利目的)。

「有名人の似顔絵」
https://www.swany.ne.jp/minba/u/
は1997年から公開していて、掲載作品数は約3000、1日のページビューは平均で300、モデルの名前はメニューに表記(作品そのもののページには非表示)で、サイトのコンセプトは「本人が見たら怒る!」。 しかしクレームのメールが来たのは過去(1999年)に1件だけでした。その内容は「有名人に対して失礼ではないのか!」と、いう感じのものでした。

「話題の有名人の似顔絵ブログ」
現在は更新していませんが、上記「有名人の似顔絵」の作品を抜粋してGoogleのブログに掲載していました。ブログ自体にはコメント不可としていたためクレームはありませんでしたが、このブログの記事をFacebookに転送したときに「不適切コンテンツ」として転送不可になった作品が4〜5点ありました。

「Caricaturama Showdown 3000」
Facebookのグループ。世界中のイラストレーターが似顔絵作品を投稿しているグループページです。ここに投稿した「顔が尻になったモハメットアリ」の似顔絵ではコメント欄が炎上しました。批判的コメントの多くは「黒人に対する人種差別だ!」というものでした。またアリがイスラム教徒であるということ。イスラムでは裸が侮辱的な表現であること、などの理由があったものと想像します。ここでは他にも多くの作品を投稿し、それなりに酷い表現をしていますが、批判的コメントがあったのはアリの作品のみでした。

「pixiv」
今現在は利用していませんが、一時期上記「有名人の似顔絵」の作品を抜粋して掲載していました。コメント欄はオープンにしていて、驚きや賞賛のコメントは数多くありましたが、否定的なものはほとんど無かったように記憶しています。

「Web Portrait Circle」
1999年から10年間公開していたネット上での似顔絵ホームページリンク集です。このサイトの運営管理を共同で行っていました。しかし登録者数が増えるに従って「これはヤバいぞ」と思えるような作品(例えば金正日が磔になって銃で撃たれているとか)も目立つようになり、ガイドラインを設けて以下のような人物の似顔絵は公開しないように促しました。
①北朝鮮関連
②イスラム過激派関連
③オウム真理教関連
④皇室関連
などだったと記憶しています。
①北朝鮮出身者は日本にも多くいるし、北朝鮮では総書記の写真が載っている新聞をまるめてゴミ箱に捨てただけで死刑になる(嘘か本当かは分かりませんが)らしいので。
②「Web Portrait Circle」を閉鎖して6年後に、フランスの新聞社の風刺画作家がイスラム過激派に殺害されるという事件が起こりました。また「Web Portrait Circle」公開の8年前、悪魔の詩の翻訳者の筑波大学助教授がイスラム教徒によって(という見方が一般的)殺害されるという事件も起こっています。
④皇室関連の似顔絵を描くことはご法度とされてきましたが、2020年の眞子内親王と小室圭との婚約により、この2人の似顔絵もネット上で見かけるようになってきたようです。

つまり、有名人の似顔絵を描いて本人に無許可で公開するということは、
「リスクはあるが限りなくそのリスクはゼロに近い」
ということのようです。
ただし、世の中の企業や公的組織では限りなくゼロに近いリスクであっても「ゼロでない以上は避けるべき」というのが普通の考え方のようです。明日交通事故で死亡する確率は限りなくゼロに近いとしても任意保険に入っていないクルマには乗らないということです。

しかし逆に言えば刃物を持った無差別殺人者に電車内で遭遇する確率は限りなくゼロに近い。でもだからといって電車に乗らないというわけにはいきませんよね。

いずれにしてもどんなに有識者であってもどんなに優秀な弁護士であっても、有名人の似顔絵の公開について、いくつかの判例が無い限りは、理路整然とした結論を出すことはできないでしょう。だから聞けば「やめておきましょう」ということになってしまうわけなのです。

そして上記事例を読んでも分かる通り、紹介したクレームや問題の全てがコンテンツの表現そのものに関するもので、「肖像権」に関するものは、実は1件も無かったのです。

記:斎藤忍


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